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紺屋高尾

ぬしの女房はんに、わちき、なりたいんざます。来年三月十五日、年季(ねん)が明けるんざます。そのときは眉毛落として歯に鉄漿(かね)染めて、ぬしの傍に参りんすよって、お内儀(かみ)さんにしてくんなますか?

なぜ技術者の賃金は安くなるのか?

注意:未清書・超殴り書き。


 なぜ技術者の賃金は安くなるのか?
そして、なぜ上流工程の人間の賃金は上がり続けるのか?
その問題と解決策。

 なぜ技術者の賃金はすぐに安くなってしまうのか?
これは、上流工程が出来る人間の数が少ないからである。
つまり、需要よりも供給が少ないからだ。
そして、下流工程は需要よりも供給が多くなる。
だから賃金が下がっていくのである。


 何も難しいことは無く、全ては需要と供給のバランスなのだ。


 では、なぜこのようにバランスが崩れるのだろうか?
まず、下流工程の供給過多なのだろうか?
それとも、上流工程の供給不足なのだろうか?
私は後者だと思っている。


 下流工程、つまりは技術に関しては現在、改善の余地を残しながらも体系化された学問として教育が行われている。
ここでは計算機科学やソフトウェア開発に限らず電気、電子回路、自動車整備などいわゆるエンジニアリング全般のことを指している。


 つまり、各種学校によって基礎知識や基礎技術の習得が可能なのである。
これは人材を育てるインフラがある程度以上整っていると言える。
つまり、人材を供給できているのだ。


 これに対して上流工程はどうだろう?
MBAなどはあるが、下流工程にくらべて人材を育てるインフラは全くといって良い程整っていない。


 つまりは、個人の努力や資質・才能に大きく依存しているのである。
これでは下流工程に比べて、才能を発揮できる人間は当たり前の如く少数になり続けるであろう。
つまりは、社会が上流工程の人材を供給出来ていないと言える。


 ここでバランスが崩れるのである。
何かアイディアを思いつき、それを企画にし、人材を集めチームにし、物を作り上げるという上流工程を出来る人間が増えれば、仕事自体が増えるのだ。
つまり、下流工程の需要も増える。
需要が増えれば自然と下流工程の賃金も上がるであろう。


 エリック・レイモンドやポール・グレアムやジョエル・スプーキーやエリック・シンクや林檎総帥が言っていることは、つまりはココなのだ。
上流工程をちゃんと整備して、もっと仕事そのものを増やそうぜ!と。
彼らはそれを下流工程に求めている訳だ。
つまりはオールインワン、上流工程から下流工程まで全部一人(もしくは数人)でやるんだ!と。


 僕はこの意見にはちょっと反対だ。
いや、それは凄く素晴らしいんだが、より大きく個人の資質に依ってないか?
上流工程でも下流工程でも1流である人間ってのは、確かにいる。
でも、多くの人間は自分の資質のどちらかを1流にすることすら困難なんだ。
両方1流の人間はそれこそ歴史に名前を残すし、片方でも天才と呼ばれ続けるだろう。


 で、あれば、下流工程のように上流工程も学校で学べるレベルまで体系化できればいいんだ。
それはとても難しいことだが、やらなきゃいけないし価値あることだと思う。


 殴り書きのまとめ。
確かに天才や超優秀な技術者は、これからも高収入を得続けるだろう。
後はしっかりとした優良企業の技術者か。
でも、技術者全体の賃金や待遇の底上げをするには、技術者の技術を伸ばすよりも上流工程の人間を育てるべきだと思う。
その理由は前述したとおりだ。


 そのために、僕らはもっと上流工程を学ぶべきだと思う。
今「センス」とされている上流工程を、僕ら技術者の手で「技術」にすることこそが僕達自身が幸せになれる道なのかもしれない。