紺屋高尾

ぬしの女房はんに、わちき、なりたいんざます。来年三月十五日、年季(ねん)が明けるんざます。そのときは眉毛落として歯に鉄漿(かね)染めて、ぬしの傍に参りんすよって、お内儀(かみ)さんにしてくんなますか?

ゲームから学ぶ勉強方法

多くの人はゲームが好きである、私も好きである。 お金になる訳ではない、むしろお金がかかる、就職や出世に役立つ訳でもない、しかも強制されているわけでもないのに自分から進んでゲームをやり続ける。 でもゲームをしても別にお金になるわけではなく、就職や出世に役立つ勉強は中々しない(そんなの興味がない!という人はいるだろうけど、まぁ取り敢えず解りやすい例として)。

なぜだろうか? こういうとゲームを作って居る人に怒られてしまうだろうけれど、ゲームをしても恐らくあまり自分の置かれている環境や収入は変化しない。 むしろ自分がゲームをしている間に、勉強など努力している人に置いて行かれてしまう。 なぜそれでも人はゲームをするのだろうか?

  • 注:勉強などの努力の息抜きや、趣味としてゲームを楽しんでいることを批判している訳ではない。 なぜ自分の利益になりやすいことはせずに、趣味であるゲームには情熱を捧げられるのかの考察である。
  • 注:また、世の中には勉強を楽しむことを既に習得している人がいる。そういう人はまず「勉強が楽しくない」という感覚がないので「はぁ?」といった感じだと思う。
  • 注:「勉強とは無理やりやらせるものであり、本当の学びとは楽しむものだ。だから勉強なんてしないで楽習すべき」のような一種の言葉遊びはここではしない。何かを学ぶ行為全般は一般的には勉強と言われているので、ここではそれら全てを勉強という言葉で表現している。

ゲームは勝ち負け・成果・成長がハッキリと解る

ゲームというのは行為による「勝ち負け」や「成果・成長」が実に解りやすく、努力がハッキリと数値に現れるからではないだろうか。 例えば多くのRPGは敵を倒すと経験値が10ポイント、お金が10G手に入りましたと、戦闘による成果が一目瞭然で解る。 レベルが上がるとHPが5ポイント、力が2ポイント上がった、メラを覚えたなど成長がハッキリと解る。

現実世界

だが現実世界ではそうもいかない。 英語を3時間勉強しても、経験値がどのくらい手に入ったのか、次のレベルアップまでにあとどのくらいの経験値が必要なのかが解らない。 だからこそ中々勉強を楽しめない、継続できないのではないか。 つまりそこを数値化してなおかつゲーム性をもたせることが出来れば勉強をゲーム感覚で継続していけるのではないか。

ちょっと具体的に考えてみる

例えば、私にとって難しい技術書があったとする(SICPとか)。 これをゲームのストーリーのように考える、SICPというRPGだ。 例えば、、、本を読み切ることを「ゲームをクリアした」ということにする。 1P読んだら経験値が10ポイント入ったことにする。 1節読んだら1レベル上がったことにする。 自分にとってまだ未知の概念(例えば無限ストリームとかYコンビネーターとか)を覚えたら、それは新しい魔法(スキル・技・特技なんでもいい)を覚えたことにする。 章を読み終えたら章という中ボスを倒したことにする。 それをメモったりブログに公開したりすると、ゲーム感覚にならないだろうか?

「たららたったら〜♪伊織は無限ストリームを覚えた!」 「たららたったら〜♪伊織は英単語を100語覚えた!」

結論

つまりは「楽しいから」ゲームをするのであって、「楽しいと感じられない」から勉強をしないのだと思う。 なので勉強そのものにゲーム性を持たせてやる(楽しめる)ようにしてやれば、継続して勉強ができるのではないか。

・・・あれ、これ上手いことサービス化したいな。よしリーンキャンパス書いて提案しよう(笑)